各務原権現山【蘇原自然公園から周回】

梅の時期なので、今日は蘇原自然公園から各務原権現山へ向かいます。各務原アルプスでは一番人気のルートじゃないかな。大垣からは21号線を通っておよそ一時間。蘇原自然公園駐車場。ここからスタートします。(10:36)おー、公園内はぼちぼち咲いてますね。満開と言うわけじゃないけど、なかなかいい感じ。梅は、赤も白も映えますね。水鳥をカメラで狙ってる人たちがいます。伊吹の滝不動明王を目指します。今日はとてもいい天気...

各務野自然遺産の森【健脚の森周回】

今日は、5か月ぶりに登ってみます。福寿草とか鈴鹿に見に行きたいけど、さすがにちょっと無理かなーってことで。まあ、心拍数とか考えて、のんびり登ることにします。各務野自然遺産の森到着。ここに来たのは、目的のお花があるから。自生の花ではないけど、気分だけでも。管理棟からスタートします。(9:17)管理棟の横に福寿草が植えられています。春が来たーって感じですね。健脚の森に向かいます。健脚の森って言ってもそんな...

味噌作り

えっと、山の記事がだいぶ少なくなっていきそうなので、日常のことを書いていきます。山の記事以外に興味のない人はスルーしてください(笑)コロナで、家にいることが多いものだから家でも新しくできることをしてみようということで、自家製味噌を仕込んでみました。この記事は来年も味噌作りをしようと思った時に、見直す為にも上げるもので、見る方にはあまり意味のない記述もあるかもしれませんが、ご容赦ください。味噌は、大...

病気になっちゃった。

御無沙汰いたしてます。やまびこです。実は10月に病気で倒れ入院。その後退院したんですけど、ブログ更新もできず放置してました。すいません。1月に手術を受け、現在経過観察中。春山には里山復活できるかなって感じです。夏山までには万全な状態に持っていきたいと思って生活している毎日です。どんな病気で倒れたかと言うと、「発作性心房細動」と言う心臓の病気でした。(画像:看護roo)心臓には、4つの部屋があり、心臓を動...

烏帽子岳【細野登山口からピストン】

緊急事態宣言は解除されたけど、近場でサクッと登ってみようと思い出かける。今日は細野登山口から烏帽子岳をピストンします。烏帽子岳細野ルートは急登が続くルートです。そんなに距離もないけど、下りはきつそうだな。烏帽子岳、細野登山口。ここからスタートします(10:30)車は少ないですね。紅葉でも花の季節でもないのでそんなもんかな。ヤマビルはもういないかな。この数日天気がいいので登山道も乾いてるし、問題ないでし...

高賀山【高賀神社よりピストン】

緊急事態宣言中の為越県せずに県内の高賀山に登ってみました。高賀山登山口駐車場。ここからスタートします(8:15)CTは御坂峠まで2時間。御坂峠から頂上まで40分。久しぶりだけど、温度も下がってきたので爽やかな感じです。ヤマビルは大丈夫そうかな。川沿いを登っていきます。川に沿って走る登山道は、だいたい急で岩がゴツゴツしてるイメージだけどどうか・・・登山道に水が流れてますね。水は冷たいので、ヒルはいないでし...

中山道ウォーキング【鵜沼宿~加納宿】

鵜沼宿は慶安四年(1651)うとう峠が開削され、新設された宿場、古代から東山道の駅が置かれ交通経済の要所であったが、明治二十四年(1891)の濃尾大地震で壊滅的な被害を受けてしまった。天保十四年(1843)の中山道宿村大概帳によると鵜沼宿の宿内家数は六十八軒、うち本陣一、脇本陣一、旅籠二十五軒で宿内人口は二百四十六人であった。今回はJR鵜沼駅からJR岐阜駅まで20km程。暑さは和らいできたけど、まだまだ暑いです...

中山道ウォーキング【柏原宿~醒井宿】

柏原宿は古くから東山道の宿駅として発展し、建久元年(1190)源頼朝が初上洛の際宿陣した。江戸時代は伊吹山から算出するよもぎを原料にした艾が名物であった。天保十四年(1843)の中山道宿村大概帳によると、宿内家数は三百四十四軒、うち本陣一、脇本陣一、問屋六、旅籠二十二件、宿内人口は千四百六十八人で幕府領、後に郡山領となった。東見付跡。柏原宿の東(江戸)口問屋場跡。6軒の問屋があり東西三軒づつあり、十日交代...

中山道ウォーキング【今須宿~柏原宿】

今須宿は妙応寺の門前町として発展し、琵琶湖から美濃への物資流通で賑わい、問屋場は七件あった。天保十四年(1843)の中山道宿村大概帳によると今須宿の宿内家数は四百六十四軒、うち本陣一、脇本陣二、旅籠十三軒、宿内人口は千七百八十四人で幕府領、宿高千五百石であった。江戸側から今須宿に入るところに、今須の一里塚があります。江戸より百十四里目。関ヶ原宿から続きで歩いています。柏原駅が最寄り駅になります。今須宿...

中山道ウォーキング【関ヶ原宿~今須宿】

関ヶ原宿は伊吹山地と鈴鹿山系が迫る狭隘(きょうあい)の地で軍事上の要衝であった。関ヶ原宿は伊勢街道や北国街道の追分を控え、問屋場は八件置かれ、美濃十六宿中加納に次ぐ規模を誇った。天保十四年(1843)の中山道宿村大概帳によると宿内屋数は二百六十九軒、うち本陣一、脇本陣一、旅籠三十三軒、宿内人口千三百八十九人で旗本竹中氏領だった。関ヶ原宿の最寄駅は関ヶ原駅。公共交通機関の連結を考えた場合、関ヶ原~今須~...

中山道ウォーキング【河渡宿~美江寺宿】

河渡宿は長良川に西岸の船着き場で、米、塩、木材の物資集積地として栄えたが、川止め以外は通貨の旅人が多く鄙びた宿でもあった。天保十四年(1843)の中山道大概帳によると河渡宿の宿内家数は六十四軒、うち本陣一、問屋二、庄屋、旅籠二十四軒、宿内人口二百七十二人、幕府領宿高千三百石であった。河渡橋からスタートします。最寄駅であるJR穂積駅は遠いので、加納宿から続けて歩きます。河渡橋から長良川。風もあってきもちい...

中山道ウォーキング【加納宿~河渡宿】

加納宿の宿長は二十一町半(約2.4km)と長く、美濃にある十六宿の中で最大の宿場で、城下町として栄え、熱田への御鯖街道追分を控え、大いに賑わった。天保十四年(1843)には宿内家数八百五軒、うち本陣一、脇本陣一、旅籠三十五、宿内人口二千七百二十八で尾張藩領宿高五百五十五石だった。加納宿の最寄駅はJR岐阜駅。まずは加納宿本陣跡を目指します。中山道に合流しなきゃね。中山道に入ります。加納宿本陣跡。加納宿西問屋跡...

中山道ウォーキング【美江寺宿~赤坂宿】

今日は美江寺宿から赤坂宿まで歩こうと思います。美江寺宿は小宿だった。大雨のたびに長良川の逆水に見舞われ、宿としての条件は劣悪で、評判は悪く、幕末の頃にはガラの悪い宿場として恐れられた。天保十四年(1843)には、宿内家数は百三十六軒、うち本陣一、旅籠十一軒、宿内人口は五百八十二人、幕府領で、宿高千三百石であった。美江寺宿の最寄駅は、樽見鉄道美江寺駅(岐阜県瑞穂市美江寺)。樽見鉄道は、大垣から根尾までを...